受験期のストレス
『うつ病』はあらゆる世代にみられる精神障害で、症状の出現の仕方に年齢差はほとんどありません。平均発症年齢は40歳ですが、最近では、20歳以前に発症するケースも増えています。
青少年の有病率は、大うつ病性障害で約5%、やや軽い抑うつやいらいらが1年以上に渡って継続する気分変調症で約3.3%です。
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したがって、18歳前後の受験生が『うつ病』を患うことは決して珍しいことではありません。むしろ、受験期は、潜在的に進行していた『うつ病』が、受験勉強というストレスフルな状況によってより顕在化しやすい時期であるともいえます。

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青年期の心理

受験期は、青年期中期(約15歳~18歳)の終わりから青年期後期(約18歳~24歳)の始めに渡り、成人への準備に取り掛かる段階の入り口に当たります。

青年期に入ると、幼い万能感に満ちた「何にでもなれる自分」を脱し、「平凡な自分」という現実的な気づきが起こります。そして、精神的な自立、性同一性の獲得、価値観の確立、職業選択を含めた自分らしい生き方の模索といった、大人になるための課題と取り組まなければなりません。
志望校を選択するということは自分の将来をある程度方向付けることですから、受験もこのような課題のひとつといえます。

要は、親離れし、男性として、あるいは女性としての自分を心身ともに引き受け、将来どのような職業に就くかを含めた自分の生き方を見つけていくとても大事な時期なのです。

しかし、言うまでもなく、諸条件が整い、本格的に自立に取り組み始めるのは大学生になってからです。
受験に合格することは、そのスタート地点にしっかり立つという意味でも非常に重要な過程なのです。

また、この年代が多感な時期でもあります。
親や学校の庇護は徐々に薄れ、自己責任を問われるようになるため、挫折は直接自分に跳ね返ってきます。当然、傷つくことや落ち込むことも増えるでしょう。例えば、熱心に取り組んだ部活動の最後が芳しくない成績に終われば、落ち込みと燃え尽き感が生じるでしょう。

初めての本格的な失恋は、苛烈な心痛と自己愛の傷つきをもたらします。
そして、当然、勉強面でも、成績が落ちたり伸び悩んだりすれば、相当の苦悩に見舞われるに違いありません。

このような抑うつ的な精神状態は、そこだけ切り取れば、経験に対する至って健全な反応です。辛い経験をしているのに、落ちこんだり悩んだりしないことの方がよほど不自然でしょう。
ですから、落ち込みや傷つきをすぐに病気と混同しないことが大切です。人生には、苦しんだり、足掻いたりすることも必要なのですから。

青年期の「うつ病」

しかし、こういった落ち込みや傷つきの背後に『うつ病』が存在している場合があります。

青年期の『うつ病』は、以下のように診断されます。DSM-Ⅳ-TRの診断基準によると、青年期の大うつ病性障害は、2週間のうちに、抑うつ気分ないしいらいらした気分、興味または喜びの喪失のうち1つ以上が見られ、なおかつ、期待される体重に増加しない、毎日の不眠または睡眠過多、精神運動性の興奮または制御、毎日の易疲労性または気力減退、無価値感または不適切な罪悪感、思考力や集中力の減退、死についての反復思考のうちの4つ以上の、計5症状以上によって判断されます。

また、気分変調性障害は、抑うつやいらいら気分が1日の大半、少なくとも1年以上(成人では2年)続き、なおかつ、自尊心の低下、悲観あるいは絶望感、興味の消失、社会的引きこもり、慢性疲労、罪責感、過去に対する後悔、易刺激性あるいは過剰な怒り、活動や生産性の低下、集中力や記憶力の低下のうち3つ以上が認められるときに判断されます。

ひとつひとつを見ると、誰もが日常的に多かれ少なかれ経験する精神状態ともいえます。したがって、『うつ病』と診断されるには、これらの症状よって日常生活に支障を来たしていることが前提となります。

例えば、いくら勉強しても成績が伸びない、進級が危なくなるほど遅刻や欠席が増える、自分の評価を下げるほど生活態度が悪くなる、友人関係や親との関係がなかなか上手くいかないなど、『うつ病』を発症しているとすれば、本人だけでは対処できない現実的な問題が顕在化しているはずです。

また、青年期の『うつ病』には、落ち着きのなさ、不平不満の多さ、攻撃性、不機嫌が伴います。理由がないのにずっといらいら・そわそわし、人や物に八つ当たりを繰り返し、終始文句や愚痴をこぼす場合は、病気の兆候と認められるかもしれません。

家族と一緒に行動することを避け、社会的活動に参加することから距離を置くなど、ものごとに取り組む姿勢が大きく変化することもあります。そういうときには、外見に無頓着になりがちで、家出を仄めかしたり、試みたりすることもあります。

内面では、「親に大事にされていない」「友達に受け入れられていない」など愛情関係の拒絶に敏感で被害的になりやすい傾向があります。また、他人の心の動きに敏感なときもあれば、注意力が緩慢になるときもあるなど、感受性の揺れを感じやすいといわれます。

青年期特有の挫折であっても、それに伴う落ち込みや自己卑下は、『うつ病』の抑うつ気分や憂うつ、あるいは自責感などである可能性も考えられます。『うつ病』の場合は、そのような挫折は発症契機となりうるもので、そこから症状が表に出てくることもあるのです。

学業不振と「うつ病」

さて、受験期とはまさに受験勉強に取り組まなければならない時期ですが、全ての受験生がスムーズに学力を伸ばせるわけではなく、不振の原因もさまざまでしょう。

そもそも勉強をしなければ成績が伸びることはありません。勉強のやり方が適当でない場合も成果は上がらないでしょう。

また、自分ではそれなりにやっているつもりが、志望絞の難易度からみて勉強量が足りていないこともありますし、自分の適性に合っていない進路を選んで、得意分野を活かせていないということも考えられます。努力せずに志望校に合格しようなどという考えは言語道断です。

しかし、質量共に十分な勉強をしていても、それに相応しく成績が伸びてこないとか、十分な勉強と良い成績を維持していたのに、あるときガクンと成績が落ちたとかいう場合には、『うつ病』の可能性を疑ってもいいかもしれません。

もし、本当に『うつ病』であれば、以下のようなことが起こっていると思われます。

【1】睡眠の問題と生活リズムの乱れ

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『うつ病』にはほぼ間違いなく睡眠障害が伴います。入眠が難しく、中途覚醒や早朝覚醒があり、朝起きられなくて、熟睡した感じが得られないというのが典型的なパターンです。
その結果、遅刻・欠席が増えて生活リズムが乱れ、日中は眠気に苛まれてしまいます。

睡眠時間を削って勉強をするいわゆる夜型の受験生は、このようなパターンに陥りがちです。夜に勉強が捗るというのは、そもそも朝が最悪で深夜に向かって調子がよくなる『うつ病』特有の日内変動に因るものかも知れません。

「夜のほうが集中できる」といって遅くまで勉強し、結果的に朝に起きられず、学校や予備校に通えなくなってしまっては本末転倒です。生活リズムが乱れて立て直せないような場合は要注意です。

【2】過度の疲労と倦怠感

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身体症状を伴うのも『うつ病』の特徴です。食欲不振または過食に加え、慢性的なダルさ、鉛が入ったような身体の重さといった、倦怠感や実疲労以上の過度な疲労感が生じます。
睡眠を充分に取れないので、疲労を解消できず、疲れても眠れないという悪循環に陥ることも少なくありません。

そもそも長時間学習は必然的に疲労をもたらしますから、受験生もまた、疲れても眠れない生活を送ることになります。

効率的な学習のためには十分な休養が必要であることは言うまでもありませんが、そうはいっていられないのが受験生の本音でしょう。

ですから、ほとんどの受験生は恒常的に疲れを感じているにちがいありません。とはいえ、受験生は若く体力があります。長時間集中して勉強して、しっかり疲れるのはむしろ自然なことではないでしょうか。問題なのは、大して勉強していないのに「疲れた、疲れた」と繰り返す場合です。

勉強量に比例しない疲労が慢性化しているようなら、その疲労感は『うつ病』の症状かもしれません。受験生の中には、真面目な性格ゆえに『うつ病』の疲労感を押して勉強に励んでいる人もいるでしょう。それでは、効率が上がらないばかりか、却って病状を悪化させてしまうことになるので、早めの対処が必要です。

【3】やる気、興味、関心の減退

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「何もやる気がしない」「何にも興味が湧かない」という、意欲および興味・関心の低下も『うつ病』の中心的な症状です。
『うつ病』になると、仕事や勉強に対するやる気を失うだけでなく、趣味や遊びといったそれまで楽しめていた対象からも興味を失い、面白さを感じなくなります。何をするにも腰が重く、フットワークが悪くなり、悪化すると、その日に着る服を選べなくなったり、歯を磨いたり風呂に入ったりすることすら億劫になってしまいます。

志望校に受かりたいというモチベーションを持っていながら、「どうしてもやる気が出ない」と訴える受験生もいるでしょう。勉強はしないが遊びには悠々と出かけるというのであれば、それは単なる現実逃避です。ただし、この年齢の場合、無意識的な成長への抵抗からやる気を見せない場合もあるので、その判断は慎重にしなければなりません。

遊んでばかりといっても、単調なゲームを強迫的に続けるようなら、それは病的な遊び方といえます。もし、勉強だけでなく生活全般からやる気を失っているようであれば、『うつ病』の可能性は大きくなります。そうであれば、勉強をしたとしても、単調な繰り返しに終始してしまい、新たな課題やより難易度の高い問題に取り組むといったチャレンジ精神は失われているでしょう

【4】思考力・記憶力・判断力の低下

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『うつ病』の症状として見落としがちなものが、記憶力・判断力を含めた広義の思考力の低下です。仕事で大きなミスをして『うつ病』になったという人が、よくよく聞いてみると、ミスの前に既に『うつ病』を発症していたという例は少なくありません。
『うつ病』により集中力が低下し、目の前の業務に持続的に取り組めないということもあります。

同じように、成績が急激に下降して落ち込んでいる受験生も、実は既に『うつ病』によって頭が働かなくなっている可能性があります。
教科書や参考書をいくら読んでも頭に入ってこない、暗記しようとしてもなかなか覚えられず、テストでは知っているはずの単語や用語が思い出せない、ケアレスミスや解答欄の記入ミスが多い、選択問題で迷いすぎて時間を浪費してしまう、といったことはその表れかもしれません。

出来ない自分に対して無性にイライラして物に当たったりするのも『うつ病』に見られる症状です。

受験生には時間が限られていますので、『うつ病』であればなるべく早く対処するに越したことはありません。とはいえ、抑うつ的な精神状態が、経験に即した正常な反応なのか、それとも『うつ病』という病的な状態なのかを個人で判断することは非常に困難です。

そもそも受験生には『うつ病』についての理解が広まっていませんし、知っていたとしても、自分の主観的感情を客観視することに慣れていません。

また、『うつ病』だけが精神障害ではありません。初発は『うつ病』と良く似た症状で始まっても、実際には異なる精神障害かもしれませんし、別の精神障害を『うつ病』と思い込んでしまう場合もあります。

まずは、『うつ病』についてよく知ることが大切ですし、気になったら専門家に相談するのが一番です。叶うことなら、全ての受験生が可能な限り万全な状態で受験に臨み、合格を勝ち取って欲しいものです。

【参考文献】
Sadock J.B,Sadock A6AV:Kaplan an00a Sa00Sock’s Syn11Spsis of Psy9Phiatry: Beh7Bvioral Sci01Snces / C08/i10Cical Psy9Phiatry, Nin16Nh Edi16Eion. Lip12Lincott Wil08Wiams & W05&lkins,2003(井上令一,四宮滋子監訳:カプラン臨床精神医学テキスト 第2版.メディカル・サイエンス・インターナショナル,2004)

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